2025年5月12日月曜日

縞馬家集の棚 9 雪五十首

  

 

【雪五十首】

柊にふる雪

 

 

 

 

1月8日

 

あたたかきもののごとくに見てをりぬ母指頭大の雪のふれるを

 

雪積める屋根にゆふべは来たりけりまことさまざまの灯しのいろよ

 

流水の糸にゆびさき巻かれゆく心地するとき雪ふりそむる

 

雪ふれり雪ふるほどに積むほどにねむりのあなの深くなりゆく

 

ふりそそぐ雪のさなかのうつくしき児をみづみづと妬むなりけり

 

かきくらし雪ふりなづむこのやうな声に読まるる『二都物語』

 

雪雲は舞台のそでか薬玉や太鼓や鈴やしんとひそみて

 

雪道に吐息落としてゆくごとく乗用車扉閉めて去りにき

扉=ドア

 

きしきしと雪のひえゆく道の辺をゆびあざやかに歩きたりけり

 

曇天の鬱とふ文字をすこしづつ砕きてふらす雪とつもらす

 

天空に大きな鳥の孵るらし卵殻の粉が雪とふるゆゑ

 

雪つもるかな笹の葉にささのゆき柊の葉にひひらぎのゆき


 

 

 

 

1月9日

 

夜深きに落雪の音ひびきたり雪には雪の日常あるべし

日常=くらし

 

屋根の雪ひとかたまりにまつすぐに落ちてゆくのはその重さゆゑ

 

沫雪のほどろほどろにふりしきりみだるればはやこころは甘露

 

目のかぎりつづくに沿ひて歩みけり雪しづくする松の木の下

 

雪ふれば雪ふるかぎり雪の野や帰るべきわがふるさとの野や


 

 

 

 

1月11日

 

ましろなる雪を愛せばしきしまの今朝のやまとを愛しやまずも

 

たかきよりみおろす眼あらばあれ白雪はわが頭をめがく

頭=かしら

 

ふる雪やわが過ぎゆきをひとへなる生命力とおもふことあり

 

雪雲は暗さも暗しさりながらかくもあかるきもののふりくる

 

雪産んでなほも凝れる乳白の空のひかりのあたたかきかな

 

ふりあふぐときくちびるはひらきたり雪ひとひらをはさめるほどに

 

夜のごとき黒外套を来てゆきぬ降れよ全きかたちの雪よ

 

陽のさせば影ふかくなるそこかしこかがまりてをり雪なほ白く

 

平等に愛したれども消えのこる雪の多寡こそあはれなりけれ

 

雪蔵といふべき野とはなりぬべし万葉集の雪もまじりて

雪蔵=ゆきくら


 

 

 

 

1月14日

 

未明よりふりそめしこの擦り傷の痕のごとかる雪の始末は

 

かなしみの毛物がそこにひそむかな檻をなすまで雪のふれれば

 

生誕のよしなしごとや雪の上に南天の枝置かれてありぬ

 

とけながらなに待ちをらむ雪だるま人が人待つところに立ちて

 

雪まみれなるよろこびようつくしいこどもとなりてうまれてみたし

 

玉屑はこれ雪の謂おほぞらに女人の像か彫られてをらむ

 

雪雲はなんぞかなしむごとく来てその具体なる雪をふらせつ

 

わが窓の胸の辺りにかの夏の雨として来し雪もあるらめ


 

 

 

 

1月15日

 

天国も地獄も別に所在ありこの世はこの世雪ふりて佳し

 

大地にものが届くといふことの見よ新雪の深さ一尺

大地=おほつち 新雪=あらゆき

 

かのときはかくかなしくてしかつらく思ひたりきと雪ふりしきる

 

それとなく積んでおきにしはかなごとかくのごとしと雪ふりつもる

 

手のうへのちひさき皿に焚きたらばいかに香らむ雪の煙は

 

三匹の子豚に実は夭折の父あり家を雪もて建てき

 

満身に鵞毛の雪をまとへどもきみ飛ぶ鳥の明日はみえぬか

 

涙もし雪のごとくにありたらばかなしみとふはいかなるものか

 

大空にことばのあらばかくしげく雪ふらするといふことなけむ

 

ふる雪にこころをとへばそのこころこれこのとほりふかきかなしみ


 

 

 

 

1月21日

 

泡雪と吐息こもごもひとりごつおちてしまひしものしかたなし

 

やはらかきなみだのごとく生まれしか雪やはらかくふれるこの世に

 

一夜にしてそらの播種はみのりたり見よ一面の瑞穂なす雪

 

ゆめに来てたのしきことのふたつみつ云ひたまひけり雪のごとしも

 

雪もよひくらきがなかをそら色の切手いちまい手にのすわれは


 


──雪五十首 了── 

©1998 KOIKE Sumiyo

 

 

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