2026年4月17日金曜日

縞馬家集の棚 都々逸

           

   都々都逸

          dodoitsu

    

     【都々逸】 俗曲の一種。

                歌詞は七・七・七・五の

                四句二十六音からなる。

 


やまひだれこそ知の住みかなれ

 

あんな男に

ほれたはなぜか

わからなくても

困りやせぬ

 

人に言へない

恋ではないよ

言へるほどでは

ない恋だ

 

これはふたりの

内緒の恋と

口ぢやいへない

ことをする

 

恋に恋して

ゐるうちが花

人に恋すりや

実ができる

 

                                                    

 

青い心が熟しきるまで

 

うそもいへない

ほんともいへぬ

おまえがすきと

しかいへぬ

 

ほんのひとりに

ほれたが最後

ほかのぜんぶを

放りだす

 

さめたお湯から

あがれぬやうに

さめた恋から

ぬけ出せぬ

 

「あんな女がどうしていいの」

「おまへに似てるとこがいい」

 

                                                    

 

憶ふ心のひとつを捨てて

 

君が盗んだ

わたしの一夜

君を盗んで

とりもどす

 

早くあなたに

あへますやうに

“あなた絶ち”して

願かける

 

なんといつても

あなたのよさは

わたしに惚れる

風変はり

 

死んでみせても

いいけどきみが

ちやんと見てるか

気にかかる

 

                                                    

雪につけたや草の冠

 

雪がつもれば

思ひもつもる

きみの足跡

待つほどに

 

あれは雪かと

きかれて雪と

言ふをまたずに

雨となる

 

風の花だと

いつてたくせに

つもりはじめりや

いやな顔

 

                                                   

月のうさぎはふとりじし

 

月のうさぎは

女ださうな

春夏秋冬

餅を食ふ

 

月のうさぎは

男ださうな

春夏秋冬

杵を持つ

 

吠えるはずだよ

狼男

月にうさぎが

ゐて踊る

 

                                                  

花にもうそとほんたうがある

 

うそぢやなかつた

ほんとの恋の

花の証拠に

すぐ散つた

 

やはり奉行だ

どこかが野暮だ

散らぬ桜が

あるものか

 

花も蕾も

冠とれば

およそ可愛く

ないやつら

 

                                                  

人をまつの木根が生へる

 

松の落ち葉が

人とふ文字に

みえてくるまで

人を待つ

 

人を待つとは

真夏の真昼

灼けて焦がれる

影法師

 

いつが人生の

真夏で真昼

だれが太陽

だつたやら

 

                                                   

「思ひのたけ」といふいいことば

 

しなひしなはせ

思ひのたけの

竹の林が

風に鳴る

 

水にながした

むかしの恋が

ありつたけ降る

今日の雹

 

しめじ松茸

舞茸えのき

怖いきのこは

首つたけ

                                                   

古典しばり

 

なんとおつしやる

うさぎのあなた

かめのわたしと

走るとは

 

人をなんだと

お思ひなのか

「産めよ増やせよ

地に満てよ」

 

ながい話を

つづめていへば

光源氏が

生きて死ぬ

                                                  


──都々逸 了── 

©1996-1998 KOIKE Sumiyo 

2025年5月12日月曜日

縞馬家集の棚 12 甘味百首


 

あまいもの

sweets [甘味百首]

 

 

      1999.2.17.

 

  だれもわたしを知らない町の「梅園」で春のしるこはこんなに深い

 

  ためいきをつけばその息するどくて風紋がこの粉砂糖にも

 

  ひらがなの菓子やさしかりきらきらの嘘つくくちをふさいでしまふ

 

  そんなものたべたら毒よそんなこといはれたくつて綿菓子の雲

 

  キャラメルのつつまれをりし銀紙をのばす慇懃たたむ丁寧

 

  三年に一度はあけてみたきもの不二家ミルキー徳用袋

 

  金貨よりうれしかるべしきさらぎのもちづきの金貨チョコレート

 

  星空をハートに翼の菓子が飛ぶ渡しそこねのもらひそこねの

 

  人生の苦楽の楽を求めゐつカノンあるいはロンドのやうに

 

  惑星の球体の飴をつつみこむセロファンの空星ふるばかり

       球体=スフィア

 

 ●

       1999.2.23.

 

  かの春の愚なり「純銀もざいく」に菓子をおもひて味をおもひき

 

    あの版画を包装紙につかつた老舗はどこだつただらう

  羊羹を女体のやうに包みゐし板絵かなしも棟方志功

 

    フランソワはたマドレーヌ

  フランスに生まれてみたきそのゆゑは菓子のやうなる名前にありぬ

 

  結末はいかやうであれあかるかる菓子の出でこぬ童話なんぞは

 

  一粒をえらびだすときドロップの色香にまどふゆびの桃色

 

  キャラメル一箇たべをはるまに一生は過ぎてくれよと口に十箇め

 

  キャラメルを包んでゐたるロウ紙のやうなお人がともだちに欲し

 

  休みだで中田島まで行かまいか。行かまい、菓子は途中で買はまい

 訳(休みだから中田島砂丘まで行かうよ。行かう、菓子は途中で買はう)

 

  串刺しにしてものを食ふたのしみを与へつくして団子終はりぬ

 

  〆切のぎうぎう詰めのありさまを団子と呼んで春の職場は

  

 ●

       1999.2.24.

 

  「鍵善」に葛切りすすりゐしこともわが消息であれば消えたり

 

  黒蜜とあはせのみたる葛切りに清濁の別あるべくもなし

 

  たのしまなたのしまなとぞお干菓子の春に似せたるあれやこれやを

 

  雪の日は甘味をなべてよろしうす傘かたむけて「梅園」に入る

 

  雨の日は甘味をゆるすしめりあり傘ひろげつつ「梅園」を出る

 

  ここまでの甘さなりけり漆黒のわが異国わがそらみつやまと

 

  あまければゆるされてをりそのやうなかんちがひしてこれからもまだ

 

  幇間のたたずまひもて置かれある粟ぜんざいの漆椀かな

 

  善哉に口の天井灼きながらいまさらながら愛をおもへり

 

  塗り箸にあまきかたまりからみつき笑はしよるでまぐはひとふは

  

 

      1999.2.25.

 

  新橋を過ぎて銀座の路なかば右端より読め「やらと」の暖簾

 

  たちまよふ花のお江戸の「京鹿子」あまりにあまき善哉なにゆゑ

 

  安倍川がなぜ川なのかいろいろに川についてをおもひたりけり

 

  磯辺焼き磯のゆゑんの焼き海苔の衣をはがすは忍び難かり

 

  鳩饅頭いかなるものと見たれども「鳩」の一字が捺されあるのみ

 

  われかつてこれをひよことおもはずきいまはひよこにみえる饅頭

 

  かはゆいといへばかはゆいのだらうかおててのやうなもみぢ饅頭

 

  日本語のすごさはずばりみやげものどんなもんでも饅頭になる

 

  鳩サブレなんとおほきな菓子だらう羽根のばしたらどれほどだらう

 

  あまいもの切に欲してゐたりけり別腹といふむなしきこころ

  

 ●

       1999.2.26.

 

  生き甲斐はスヰートポテトを支へある厚き銀紙みたやうなもの

 

  ミルキーはママの味なり世にふたつあらぬお家の万民の味

 

  不二家にはペコポコがゐてこの世には凸凹がありなにやらあまし

 

  目をつむり虫歯の穴にキャラメルをつめし思ひ出きのふのやうな

 

  アミーゴは善きことばなりアミーゴの意味より音の殊にも甘さ

 

  アミーゴがどんなものかは知らねどもいまだ食はねば食ひたきものを

 

  アマンとふ甘き響きやなほましていよよますますクイニーアマン

         † クイニーアマン=バターと砂糖たつぷりの焼き菓子

 

  アルマゲドンそれはなかなかあまさうな 伊万里の皿に笹敷いて待つ

 

  あんパンのへそに桜のしほづけをはじめて埋めしひとの指はや

 

  善哉の椀にお付きのしば漬けを志すべし九十九のわれは

                      九十九=つくも

  

 ●

       1999.2.28.

 

    森茉莉『父の帽子』

  鴎外のむすめなればか甘きものよきものを茉莉は活写しやまず

 

  白飯と饅頭と茶をまぜしとぞさすが鴎外すごきもの喰ふ

 

    子規『仰臥漫録』

  明治三十四年九月三日の朝食の「菓子パン」とはなにか

 

  九月十二日も痛みありにけむ「ねじパン形菓子一つ一銭」

 

  九月十三日子規の口腔を経にける「桃のかんづめ三個」

 

    「酒とバラの日々」

  チョコレート好きの女がうらがへりアルコーホリックのしやつくり

 

  ♪The Days Of Wine And Chocolates ポリフェノールはとてもいいやつ

 

  チョコレートチ・ヨ・コ・レ・エ・トの七つぶん階段下りつ仕方なかりし

 

    「アマデウス」

  サリエリがコンスタンツェに「ヴヰナスの乳首」食はせてをりしときのま

   †「ヴヰナスの乳首」=映画「アマデウス」に出てきたチョコレート菓子

 

  ヴォルフガング・アマデウス・モオツァルトどこ叩いても菓子のにほひす

 

  どのやうにかなしくなれば摘むもの菫の花の砂糖漬けとは

 

 ●

       1999.3.2.

 

  節ごとに喰ふべき菓子のなかりせばわが日の本は滅びかゆかむ

 

  桃のはなあられのかろみひしもちのおもくれ香久の木の実のかをり

 

  黒鍵の幅と厚さのチョコレートかじればながく記憶が響く

 

  白鍵の象牙きばみてゐたりしをしたたる時の蜜と思ひき

 

  さいはひといふのか菓子とひきかへに身につけしことひとつだになし

 

  大きなるあめ玉ひとつなめをはるまでを孤独といはばいふべし

 

  ソーダ飴のごとき地球をねぶりつつまどろみをらむ宇宙とふ孤児

 

  惑星のまはる音かもみづいろの飴からにじむつめたいあまさ

 

  手になにももたずあらはれひとときを菓子でよごしてあらひにかへる

 

  日昏るれば蜂の巣部屋へかへりゆく花粉まみれのみつばち我は

 

 ●

       1999.3.9.

 

  くちなかにボンボン溶かしつつおもふ目からうまれるまなざしのこと

 

  梅の木に梅花の蜜の噴き出づるでどころは傷ことごとく傷

 

  白梅に蜜のごとかるひかりたまりたまるところを虚とぞおもふ

 

  蜜はなほあまきとおもふおもふべし「かはいがられて死ぬはうがまし」

 

  いかにいはんや胸から胸へ密かにぞながるる蜜の路のあるべし

 

  蜜のひく糸のひかりをいとほしめど極まりてのち切れむとはすれ

 

  どろどろのいづれが蜜と分かぬまでかたみかたみに疲れあひたり

 

  まなざしとまぐはひの差を思ふ哉たたなはりつつ蜂蜜は落つ

 

  「あまたるきゆめばかりみてをりまする」蜜の奥にぞ苦味は眠りて

  

 ●

       1999.3.17.

 

  中毒をしてをりしかな中毒にかたぶく性のあまきプライド

 

 

 ●

      1999.11.21.

 

  手擦れして好色本にかも似たるあまいもの屋の御品書きかな

 

  品迷ひするは一品のみを食ふ潔さなりされどしかれど

 

  羊羹を肴に酒を呑めるありああ両翼はとほくてちかい

 

  addictの運河を渡るわが船に「夜の梅」をば山と積みてむ

 

  べとべとの黒楽でのむ甘酒は崩れてやさしい女のごとし

 

  あまいあまい場所と思ひぬ世の中の根つこといふはおよそおそらく

 

  あまいのもにがいのもいや水は嫌ほたるをやめて露にでもなろ

 

  一片の伊太利菓子を購ふ夜よ旅の疲れのごとかる夜よ

 

  大甘の莫迦さ加減がうれしいのうれしいのとぞサイダーの泡

  

 ●

       1999.11.26.

 

  いささかのあまさたなびくここ数日、素雲『乳色の雲』の読みたさ

 

  羊羹の慈にふさふまでたましひは丈たかくあれ食ひ終はるまで

 

  「うすあまいきもち」の霧がながれある木の間もしくは人間の朝

                           人間=じんかん

 

  ほんのすこしの味さへ嫌でそれでゐてむやみとあまくなくては嫌で

 

  わるあまの沼だけれどもいましばし生きてるあひだはここにゐなさい

 

  なにが毒なのかだんだん知りたくもなくなるころの甘さがつらい

  

 ●

       1999.11.29.

 

  なつかしくくらいところで菓子を食ふファム・アンファンの悪そな目つき

                    † ファム・アンファン=子ども女

 

 

       1999.12.7.

 

  ぬるぬるにあまやかされてゐるときの快も不快もぬるぬるのなか

 

  甘豪といふものあらば仰ぎたき典型としてやはり漱石

 

  高砂の爺婆いづこ此のごろの千歳飴では尊顔拝せず 

 



──甘味百首 了──


©1999 KOIKE Sumiyo




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